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春画展 SHUNGA を観て思う。

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    日本人は、理由や理屈、言い訳、時には、屁理屈でもいい。行動ひとつにしろ、理由をつけたがる。
    ヨシダナギさんという写真家の個展でスリ族を知った。
    スリ族というアフリカの少数民族は、その中でも殺し屋という家系があり、その人たちは、S字に似たタトゥーをしている。
    基本他民族とは、話し合いはなく無条件に攻撃して終わる。とにかくストレートな民族である。
    日本人とは、対照的で理由を考える前に、殺られる前にやれという論理だ。
    正直日本人にはない、人が生きる為のエネルギーを物凄く感じる素晴らしい写真展だった。
    話しは変わって現在、春画展が開かれていて、早々に観に行った。
    オトコばかりかと思いきや、なんのなんの女性の姿が沢山。それも2人でくるものもあれば、私の様にひとりで来る者もいる。
    確かに話題になり、芸術であるとの論争にもなっていて美術館巡りをされている人には、気にならないわけがない。
    私自身が古い人間であるのは間違いないが、何か理由がないといけない、やらしさが春画展にはある。もしくは、行っても黙っていようかと思う自分がいる。
    春画展の行き帰りにすれ違う人達がみなそれぞれ何かしらの理由を抱えてここに足を運んでいる様に見えて仕方なかった。
    見たいから見るというストレートな気持ちでいらしている人がどれ位いるのが伺いたい位行き交う人の顔を見ながら展覧会を後にした。今回、私が行こうとした理由は、河鍋暁斎の作品があるのでは?という興味からだった。すごい秘密の大作があるのでは!という期待とともに伺ったのだが
    残念ながら作品は、なかった。
    悔しくて東博まで一点しかない暁斎の作品を観て帰った。これは納得の大作だった。
    別に理由や言い訳、理屈がない事がいけないとは、思っていない。
    その理由や理屈がこんにちの日本の文化を作ってきたと思っているからだ。
    恥じらいや恥、侮辱、はずかしめ、羞恥心
    色々な言葉でその気持ちをあらわしている。
    なんでも揉め事があればやっちまえでは、到底今の日本はない。
    最近は、なんでもオープンがいいという風潮もあるしストレートに言わないと伝わらない事が多い。
    人々が色々な事を気づかって悶絶する中から垣間見れるオープンが日本人には、丁度良い気がする。
    実際、今の日本は、どちらなのだろうか、やっちまえなのか、いやいやなんの理由もなくは、まずいのではとブレーキをかける人がいるのか心配である。




    KanG * 俺は、ジジイか! * 19:38 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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